今日の時間

02年、僕は大学へ入学した。ある曲を聴いてその事実を思い出した。

1年生の頃の気持ちが蘇る。その頃と現在、どちらも同じテンポで時間が流れているのにもかかわらず、どうしても同じ重みを持っているように思えない。

1年生があるいていたとする。彼と僕はそこで同じ時間を共有している。もし仮にそこに1年生の頃の自分が歩いていたとしよう。その彼と僕とも同じ時間を共有している。不思議な感覚だ。なぜならそこにいる現在の自分よりも、彼の方が尊い時間を過ごしているように思うからだ。絶対的なものにもかかわらず、重みが違ってくる。だからこそ、そこにいる女子高生とも、そこいるおじいちゃんとも同じ時間を表面的に共有しているが、実際はその時間の持つ意味合いがことなってくる。そして隣にいる同年代の彼とも。

云いたい事が拡散したが、一言で表すと「時間は相対的にながれる」。